卒業生の声

OB/OGの声

診療放射線技師

豊富な臨床実習が自信の証

同じレントゲン写真でも撮る人によって見え方が異なり、放射線科は経験と技術がものを言う分野です。行岡では医療設備が整った最高の環境で学ぶことが出来ました。また臨床実習も数えきれないくらい行うことができ、この時の反復学習が今の私の自信に繋がっています。

和田 純
行岡病院 放射線部
(2016年 放射線科 卒業)

臨床検査技師

データだけでなく、患者様の表情を見る

血液製剤の製造見学や4カ月間の臨床実習などの充実した学びの中で、データだけでなく患者様を総合的に診る大切さを教わりました。今は希望通り、生理機能検査を行う仕事をしています。患者様の表情や仕草を見て、臨機応変な対応を心掛けています。

吉永 仁香
大阪府済生会中津病院 検査技術部
(2014年 臨床検査科 卒業)

あん摩マッサージ 指圧師・鍼灸師

行岡での基礎作りが今の自分の土台に

全国でも数少ない鍼灸の勉強を基礎からじっくり学ぶことで、西洋医学だけでなく東洋医学の視点からも患者様の状態を診れるようになり、施術の幅が格段に広がりました。他校と比べて圧倒的に実技が多く、この時学んだ事が、卒業した今も私のベースとなっています。

田中 雄士
株式会社楽人 代表
(2010年 鍼灸科 卒業)

柔道整復師

頼れる師との出会いが技術に説得力をプラス

幅広い分野の知識を学べるほか、現場を熟知した先生方によるリアルな指導を目の当たりにする事で、説得力のある施術法を習得することが出来ました。全ての授業が実戦に近い形の内容でしたので、卒業した後も、動じることなく患者様と向き合えています。

大場 功也
ゆらら鍼灸整骨院 院長
(2010年 整復科 卒業)

卒業生の声

放射線科

名前

坂下 恵治

卒業

昭和54年度卒業

勤務先

大阪府立泉州救命救急センター

役職

大阪府立泉州救命救急センター放射線科技師長・大阪府放射線技師会監事・放射線科 非常勤講師

どれだけ自分の目指すものに興味を持てるか─
それが自分を高めるいちばんの要素。

放射線科の1期生として卒業した後、大学の附属病院や企業の診療所などで経験を積み、現在は救命救急センターで放射線科技師長として働いています。
また、本科の講師として医用物理学を教えています。
私はもともと精密工学の道を志望していたのですが、兄が診療放射線技師をしていた影響でこの学科に進学し、通いはじめてどんどんと関心が高まっていきました。本科には優秀な先生がいらっしゃり、複雑な放射線の構造をシンプルに教えていただいたことが大きかったと思います。
その他にも研究者として大切な、積極的に学ぶ姿勢も教わりました。
そういう意味では運命的な出会いだったといえますね。
私も講師として話をする時は、先生ではなく放射線技師の先輩として、学生の皆さんに少しでもこの分野に興味を持ってもらえるよう心がけています。
医療の現場で働くことになっても、こういった出会いや気づきは大切です。
私自身、さまざまな方のサポートや救急救命という分野との出会いのおかげで成長することができました。
これから放射線技師を目指す人にも、向上心を持って自分の仕事に取り組み、医療の進歩・普及に貢献してほしいと思います。

名前

馬場 沙矢佳

卒業

平成18年度卒業

勤務先

総合健診クリニックニッセイ予防医学センター

学校で学んだことが今、すごく役立っています。

放射線技師として私が勤務している予防医学センターでは、いろいろな会社で行う企業検診や、人間ドックで胃、乳房などのレントゲン撮影をしています。
放射線技師を目指したきっかけは、中学生の時にレントゲンを撮ってもらうことがあり、その時にはじめてこの仕事を知って、自分もなりたいと思ったことです。そして高校を卒業して、すぐに大阪行岡医療専門学校長柄校に入学しました。
学校で勉強をしていた時は、この知識がどう役立つのだろうと思うこともありましたが、働きはじめて「そうだったのか!」と驚くことがたくさんあります。
先生がおっしゃっていたことで印象に残っているのは、「医療器具は自分が見えないところまできれいに清掃しなさい」ということ。技師が見えないところでも、受診者さまには見えるところがあるんです。このことは、受診者さまの立場に立って仕事をする姿勢にもつながると思います。ですので、今は忙しい時にでも受診される方が納得されるまで説明するように心がけています。
これから放射線技師を目指す方へのアドバイスは、分からないことがあったら、まず先生に相談すること。この学校の先生方は親身になって相談にのってくださるので安心ですよ。

臨床検査科

名前

竹浦 久司

卒業

昭和58年度卒業

勤務先

社会医療法人きつこう会 多根総合病院

役職

多根総合病院医療技術部 部長・大阪府臨床検査技師会 会長・臨床検査科 非常勤講師

医療や検査技術の進歩には終わりがないから面白い。

行岡を卒業して30年。現在は大阪市西区にある多根総合病院の技師長、大阪府臨床検査技師会の会長、そして本校の非常勤講師と、3つの顔を持っています。技師会では多くの臨床検査技師と会う機会がありますが、話をしてみると母校が同じだったというケースが少なくありません。
20人の役員のなかで本校卒業生は7人もいますし、まさに歴史と伝統を誇る本校ならでは。
卒業後これだけ活躍している人材が多いというのはとても心強いですね。
技師会のメンバーと会うと、いつも議論するテーマがあります。
それは「これからの臨床検査技師はどうあるべきか」ということ。臨床検査技師は科学的な検査データを医師に提供し、医療のベース部分を支える重要な役割を担っています。しかし、医師や看護師のように一般の認知度が高いとは言えません。ですから、臨床検査技師の意義を広く社会に伝えていくことが、私たちベテラン技師の課題だと考えています。
臨床検査技師の仕事は非常に奥深く、面白いものです。飽き性の私が飽きずに30年も続けてこられたのは、医療や検査技術の進歩に終わりがないから。そのぶん勉強もしなければいけませんが、自己成長を感じられるやりがいのある仕事だと思いますね。
皆さんも医療人としての基礎を本校で学び、医療技術のさらなる進歩に貢献してください。

名前

山田 英子

卒業

平成19年度卒業

勤務先

財団法人みどり健康管理センター

現場で役立つスキルを習得。今でも行岡の教材で復習しています。

行岡に入学する前は事務の仕事をしていたのですが、将来ずっと頑張れる医療の仕事がしたいと思うようになり、いろいろな職種がある中でたくさんの女性が活躍している臨床検査技師を目指すことにしました。
行岡に入学したのは、伝統があり、安心感を持つことができたから。そして、説明会が分かりやすかったことです。実習室なども見学させてもらい、具体的なイメージがわいてきたんです。学校の雰囲気も良かったので、ここにしようとその時に決めました。
実際通いはじめると予想以上に授業内容が濃く、時間的にもタイトで驚きました(笑)。でも、クラスメイトと一緒に勉強したり、お互い励まし合ったり、毎日がすごく充実していました。先生も話しやすい方ばかりで、勉強だけでなく就職のことなども親身になって相談にのってくださいました。
授業の特徴は、実習時間が多く、基礎をしっかりと勉強できること。病院での実習期間も長く、現場で役立つスキルが身につきます。
現在は人間ドッグや健康診断を行う施設で働いているのですが、今学校で学んだことがすごく役立っていると実感しています。今でも在学中に先生がつくってくださった教材を見直して復習しているくらいです。そういう意味でも行岡に行って本当に良かったなと思います。

鍼灸科

名前

林 祥子

卒業

平成25年度卒業

勤務先

再生鍼灸治療院

役職

院長

行岡の多彩な授業のあり方が技術の選択の幅を広げてくれました。

私が行岡に入学したきっかけは、知り合いの鍼灸師の先生が行岡出身で、入学を勧めてくれた事と、学費が他の学校に比べて安い事という安易な理由でした。
もともと助産師経験を経ての入学だったので、技術は臨床現場に出なければ培われないと考えており、専門学校は国家試験受験のための通過点だと思い込んでいました。
しかし、実際に入学してみると実技の時間は多く、色々な場所で活躍されている先生方から教わる技術の幅広さに、行岡でよかったと思うようになりました。
そのほか実習中に学生同士で施術し合い、気になっていた症状がなくなったり、自分自身の体調不良を治した経験は、本当に貴重なものでした。
また、実技だけでなく講義内容も解剖・生理学から病態・疾病に至るまで臨床に沿った内容が多く、病院施設で勤務しながら通学していた私は、講義で聞いた内容を実際の現場で応用することも数多くありました。
特に在学中に勉強した解剖・生理学は、今でも患者様を診るうえで、自分自身の礎となっています。
卒業後は、鍼灸院で経験を積んだ後に開業しようと思っていましたが、在学中の勉強会での学びや、病院施設での経験を考えた結果、卒業後すぐに開業することにしました。
それには行岡でスポーツ分野から古典医学まで、あらゆる技術を幅広く体験できた事も、大きな要因となっています。
私は、『自分の病気は自分で治す』という考えを持っています。
病院で闘病生活をされている方のお世話をしていた経験から、病気になってしまった後の生活がどれほど大変なのかをよく分かっているので、患者様には基本的に自分自身を見つめ直していただいて、患者様自身が生活習慣やストレスに対処できるようになる関わり方を目指しています。
生活習慣を一人で変えることは中々難しいですが、個別に体質や生活習慣に合わせて身体を診ていくのが東洋医学ですので、一人一人の患者様に寄り添い、社会全体をも健康で元気にしていけるような治療家になりたいと思っています。

名前

木村 悠紀

卒業

平成22年度卒業

役職

院長

やりがいと使命感に溢れた仕事で日々の成長を実感しています。

入学当初、教員の先生方との距離感の近さや、クラスメイトとのアットホームな雰囲気がとても嬉しく感じたのを鮮明に覚えています。
様々な年代のクラスメイトと長い時間を共有します。
3年間、朝から夕暮れまで1日みんなで行動していると、家族のような感覚が生まれてきました。
しっかりした父親のような人、面倒見の良い母親のような人、そして毎日笑いあえる兄弟のような人。
素晴らしい教員の先生方もその中に入って、まるで大家族のようです。
このような環境は積極的に勉強に励むのに本当にありがたかったです。
定期テストや臨床実習、卒業研究など大きなエネルギーを必要とする課題にも、クラス全体で取り組んでいるという感じがとても強く、多様で質の高い考え方に触れ、学生同士お互いが研鑽しながら過ごした行岡での毎日は、今の自分の大きな土台を作ってくれました。
卒業してから学校生活より遥かに長い臨床家としての人生がスタートします。
在学中よりもその家族のようなクラスメイトや先生方に助けられていることを実感しています。
私は整形外科や鍼灸整骨院の勤務を経て、現在、元クラスメイトであった妻とともに独立開業を致しました。
医療機関への通院が困難な患者さんのお宅へお伺いして、鍼灸・マッサージを通して、身体機能回復訓練や日常生活動作が円滑に行えるように施術させて頂いています。
医療・介護・福祉が一体となって一人の患者さんの人生を支援していく地域医療の一員として、とてもやりがいと使命感に溢れた仕事です。
卒業した今も、定期的に当時のクラスメイトや教員の先生と自主勉強会を開催し、同窓生の方々とも交流を持って業界がより発展できるような活動も行っており、在学中に関わることのできた多くの人達のおかげで日々の成長を実感しております。
歴史に裏付けられた充実した教育内容と、自分の夢に向かえる環境が存分に揃ったこの学校で、多くの人が学び、そして社会に貢献する仲間が増えていくことを切望しています。

名前

高松 裕次

卒業

平成6年度卒業

勤務先

高松鍼灸院

役職

高松鍼灸院 院長

行岡で学んだ幅広い技術が、今の自分に役立っています。

学校を卒業後、病院のリハビリテーション科、鍼灸接骨院の勤務を経て、10年前に鍼灸院を開業しました。
現在は在宅医療の分野で、寝たきりの患者さまの筋力強化や関節可動域の改善などの機能訓練を行っています。
私の場合は、患者さま一人ひとりに応じた治療ができるよう、マンツーマン形式の往診、治療を行っています。そして「手当て」という言葉の通り、できる限り医療器具を使用せず、手を使った治療をするよう心がけています。
このような施術法に至ったのは、行岡鍼灸専門学校で型にはまらない鍼灸を学べたことが大きいと思います。教員もいろいろな分野の先生がいらっしゃるので、自然と知識と技術の引き出しが増えるんです。
これは個々の患者さまに合った治療をするうえでとても役立ちました。
また、貴重な文献や資料などにふれるチャンスがあることも、歴史のある学校ならではのメリットです。
行岡には鍼灸を学ぶための充実した環境があるので、後輩の方々には多くのことを吸収して、自分の夢を実現してほしいと思います。

名前

楊 麗香

卒業

平成20年度卒業

勤務先

介護老人保健施設「伊丹ゆうあい」

医療現場で視野を広げながら、さらに専門性を磨いていきたい。

行岡鍼灸専門学校を選んだのは、鍼灸師の父や、行岡の卒業生である兄から、「いい学校だよ」と薦められたからです。
実際に、行岡では幅広い分野で活躍中の先生方から生きた知識を学ぶことができて良かったと思います。開業されている先生が講師を務める実技授業では、リアルな経験談を聞くことができ卒業後の働く姿がイメージできました。
また、私が通っていた夜間部にはあん摩マッサージの授業がないのですが、先生方が同好会を作ってくださり、マッサージまで学べたのもありがたかったですね。
現在は介護施設と病院で、糖尿病や腎臓疾患の患者さまに対して運動機能訓練を行っています。
鍼灸治療の施術を行う機会は少ないとはいえ、行岡で得た基礎医学の知識がなければできない仕事です。私のこれからの目標は、医療現場で医師・看護師・理学療法士など様々なスタッフたちと関わることで視野を広げつつ、臨床の専門分野を深めていくこと、そしていずれは独立開業するのが夢ですが、今はとにかく目の前の仕事に一生懸命取り組みたいと思っています。

整復科

名前

山根 将貴

卒業

平成23年3月卒業

勤務先

鍼灸整骨院いやし堂

役職

院長

柔道整復師は「自身で決め、自身で施術できる」資格であり、人に寄り添う、やりがいの大きい仕事です。

行岡は日本で最初の柔道整復師の養成学校で、その歴史や伝統があるからこその、手厚いサポートや、ネットワーク、教え方の確かなノウハウがあります。
解剖学の授業で得たことは今でも本当に役立っており、レントゲンではわからない筋肉の緊張や損傷に対して的確な判断を行うことにたいへん役立っています。
柔道整復師は開業できることから、「自身で決め、自身で施術できる」資格です。
施術にもオリジナリティを出すことができ、やりがいも大きいです。
人に寄り添う仕事であることも大きな特長です。

◆JOC日本オリンピック委員会強化スタッフとして、オリンピックに向けて行われる予選や、本大会に出場する選手のサポートにあたっています。
このことも柔道整復師が幅広く活躍できる一面であると考えています。

名前

山内 貴

卒業

平成23年3月卒業

勤務先

鍼灸整骨院こころ堂

役職

院長

行岡で得た仲間は生涯の財産です。確かな知識と技術も身に付きます。

介護福祉士として働いていましたが、「施術を行いたい」という想いから柔道整復師を目指しました。
数ある学校から、伝統や国家試験合格率の高さ、そして一流の教師陣が揃う行岡を選びました。
行岡は、学生同士、学生と先生の距離が近く、切磋琢磨する雰囲気や、連帯感がとても自然に生まれていたことが強く印象に残っています。
今でも付き合いのある仲間がたくさんおり、得難い財産となっています。
柔道整復師は、人に身近で幅広く活躍できる資格です。
皆様も行岡で確かな知識と技術を身に付けて素晴らしい柔道整復師になってください。

◆JOC日本オリンピック委員会強化スタッフとして、オリンピックに向けて行われる予選や、本大会に出場する選手のサポートにあたっています。
このことも柔道整復師が幅広く活躍できる一面であると考えています。

名前

田邊 美彦

卒業

昭和41年度卒業

勤務先

たなべ整骨院

役職

たなべ整骨院院長・公衆衛生事業功労者厚生労働大臣賞受賞

患者さまの体に答えがある-
整復師としての心構えを学びました。

私が院長を務める「タナベ整骨院」は、大阪池田市の地元で3代、80年続く整骨院です。祖父は明治時代の柔術家、父も柔道整復師として、古くから地域の福祉に貢献してきました。私自身はもともと家業を継ぐつもりはなかったものの、高校3年生の時に父が倒れ、地域の人々から慕われてきたこの整骨院を終わらせるわけにはいかない、と行岡整復専門学校(当時の旧校名)へ通い始めました。
在学中は、先生方からよく「教科書に載っている情報がすべてではない」「人間の体と出会いなさい」と言われたことが印象に残っています。当時はよくわからなかったのですが、40年以上経験を積んだ最近になって、この言葉の重みを感じますね。知識を患者さまに当てはめるのではなく、患者さまの体としっかり向き合う。そうすることで症状や治療法といった答えがおのずと導き出される。知識や技術は実際に働きだしてから身につけていった部分もありますが、行岡でこうした心構えを学べたことは大きな収穫でした。
また、大阪行岡医療専門学校長柄校は「日本初の柔道整復師の養成校」という歴史があり、全国各地に数多くの卒業生がいることも魅力でしょう。整復師として成長するためには、経験豊富な先輩方から話を聞くなど人とのつながりが欠かせません。整復科にはその人脈のルートが最初からあります。これは整復師を目指す皆さんにとって非常に大きな強みとなるはずです。

名前

原田 大輔

卒業

平成20年度卒業

勤務先

土居整形外科

学校の就職サポートで、自分に合った職場に出会えました。

今はとにかく仕事が楽しくてしかたありません。柔道整復師という仕事のおもしろさが日に日に増しているという感じです。優秀な先輩も多くおられ、自分も早くそのレベルに追いつけるようがんばっています。
大阪行岡医療専門学校長柄校・整復科には、就職活動の際いろいろとサポートしてもらい、すごく感謝しています。また、学校で教わった技術が現場で生かせていることもうれしいです。ただ、患者さまとのコミュニケーションや患者さま一人ひとりに合った治療というのは経験を積んではじめて身につくものだと思います。この部分が今の僕の課題であり、モチベーションになっています。
この学校に行って良かったと感じるのは、まず、先生と学生の距離が近いことです。勉強以外の話も気軽にできるので、授業で分からなかったことや進路のことも相談しやすかったですね。それと、クラスメイト同士の仲がとても良いということも魅力でした。勉強をする時は集中してする、そして遊ぶ時は思いっきり遊ぶというメリハリがありました。当時の仲間とは今でもよく会って、仕事に関する情報交換などもしています。
将来の目標は開業すること。そのためにも多くのことを経験して、成長していきたいです。